屋根裏(隔離生活)通信

ロックダウンの解除間もない、寝ぼけまなこのフランス・パリから。

ジャズとペダルとノートルダム (下)

自転車を降りて転がしながら河岸へと下る階段に近付く。久方ぶりに間近で目にする大聖堂はやはり傷跡が痛ましかった。蜘蛛の巣のように張り巡らされた鉄骨の足場といい、あちこちでむき出しになっていて、聖堂のくすんだ石の色から変に浮いている生木の補強…

ジャズとペダルとノートルダム (上)

前回の日記では書ききれなかった良い報告がふたつある。ひとつめは老齢のモデル、ロディオンの無事が確認されたこと。夜になってから折り返し電話がかかってきて、ぼくが気をもんでいたことに大層驚いたようだった。呑気な声で彼が言うには、「どうしてそん…

祝福の日 (その夕べ)

かくしてぼくらはコーヒーを求めて混沌の街をさまよい始めた。 とはいえ、おいしい一杯にありつける確率はそんなに高いほうともいえない。飲食店はまだテイクアウトでの営業しか許されていないため、カフェはみなシャッターを下ろしたままなのだ。営業許可が…

祝福の日 (その昼のこと)

「元の世界にはもう戻れない」と覚悟を求める者がいる一方で、「日常への回帰」の旗をせわしげに振る者もいる。路地に降り立ったぼくが見たのは両者の主張のせめぎ合いのような街の光景だった。 昨日までとは比較にならない数の歩行者が大通りを行き交ってい…

祝福の日 (その朝のこと)

「フランス語のいかなる辞書にもdéconfinement(デコンフィヌマン)なんて言葉はない。『コンフィヌマンの終わり』のことを言いたいのなら、無闇に新語を作らずそのままfin du confinement(ファン・デュ・コンフィヌマン)と言うべきではないか」――ロックダ…

激しい雨が降る

きのうの夜、パリを嵐が通り過ぎた。雷をともなう激しいもので、ニュースの伝えるところでは3週間ぶんの降水量にあたる雨が数時間のうちに降ったという。郊外のいくつかの地域では家屋のなかに至るほどの浸水が起きた。 屋根を乱打する大粒の雨音をぼくはベ…

隔離生活のエピローグ

自宅療養期間を終えて2週間ぶりに外出をしたら、世間の空気がすっかり変わっていたという話を前回の日記で書いた。 この現象はパリに限ったものではなく、ちょうど河川敷のつくしのように4月初めの週末から全国で一斉に顔を覗かせたものらしい。メディアは…

クリストフ君の災難

「コロナ疲れ」という言葉を知って、ぼくは過去1か月間ここに書いてきた文章の内容を反省してしまった。たしかに昨今はテレビをつけてもインターネットを覗いてもコロナウイルスの話題で持ちきりで、心の休まる隙もない。そのうえでぼくがなおもこの風潮に…

2週間後へのタイムスリップ (下)

その牧歌的な光景を前にすっかり拍子抜けしていると、男が声を掛けてきた。「カモっちゅうのは、豆は食べないもんですかねえ」「いやあどうでしょう、ふだんは水草なんかを食べてるはずですが」答える声が変にうわずってしまったのは、質問の突拍子の無さの…

2週間後へのタイムスリップ (上)

完全隔離生活のさなか、これはどうもカフカの小説『変身』みたいだなと思うことがあった。 ある朝とつぜん巨大な虫の姿で目覚めてしまった青年グレゴールは、家族によって寝室にかくまわれ、壁や天井を這い回るだけの無為な生活を送ることになる。家族ははじ…

花のいのち

せめて記事の一件くらいは、ぼくのラナンキュラスのために捧げるべきではないかと思う。屋根裏部屋の天窓の下でぼくが育てていた小さな鉢植えの花のことだ。

みずからを遠く隔離せよ

呼吸苦は発生から二晩のちには嘘のように消え去ってしまった。

Covid-19 自宅療養ガイド【フランス公衆衛生機関より】

日本の新型コロナウイルスに関する報道によれば、医療施設の病床や人手の不足にともない、これから多くの方が自宅療養を余儀なくされるようです。何かの役に立てばと思い、フランスの国立公衆衛生機関が公開した自宅療養者向けの生活マニュアルを翻訳してみ…

あらたな息吹

あとの祭りと重々知りながら、ぼくは手を洗いに洗面台に立った。

姿の見えないいやな客

散歩に出た日から微熱が続いていた。